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自転車置き場にバイクをとめていいかどうかで

いやなブログ: 自転車置場の議論

人が集まると、なぜかどうでもいいようなことほど議論が紛糾してしまう傾向がありますが、このような現象のことを、FreeBSD のコミュニティでは自転車置場の議論 (bikeshed discussion) と呼んでいることを知りました。

自分が住んでいた学生寮では「自転車置き場にバイクをとめていいかどうか」という議論で無駄な戦いがあったことを思い出した。自転車置き場は寮に密接した場所にありそこにバイクが侵入すると騒音でうるさいという件と、バイク置き場は寮から少し離れた場所にあるんだからルール通りそこにとめろ という件だった。バイクに乗る人は、自転車置き場は空いてるからいいでしょ、エンジン止めて車庫入れするからうるさくないよ という意見。バイク置き場が遠くて、駐車がめんどいからそういうことを主張してたんだろう。

表題通り「自転車置き場」「バイク小屋」な些末な議題なんだけど、話し合った場が半年に一度の寮生の総会だったので寮生100人が議論に参加していた。すると「とめていい」「とめちゃダメ」という二項対立に加えて、「そんなのどうでもよよくね」と議論丸投げの奴、ラディカルな案を出せば解決すると思って「そもそもバイク禁止にしようぜ」と言う奴、ただ勢いに任せて「なに言ってんだバカ」と言う奴、「もう会議終わり。今度話し合いましょう。」と先延ばしすれば何とかなると思う奴、・・・と飛び交う意見が異種格闘技化してきて議論の中心がどんどんずれて不明確になっていった覚えがある。

最終的には最高学年の先輩が「こんな議題で何争ってんだ、アホかお前ら。」と議論を一蹴し、話の道筋を整備して話がまとまった。

「自転車置き場」の議論には、意見を取りまとめて調停役をつとめる絶対的な権威が必要だなとーという教訓をえた場面を思い出したのであります。
些細な問題ゆえに、議論に参加するみんなが自分の発言権を強く信じてしまうのも混乱に繋がるのかな。


追記:
なんかリンクから流れてくる人が多い。
この「自転車置き場」議論に行き着くまで 実際にはいろんな小さな事があったんですけど、ま 説明すると長くなるので省略で。